永井博士の如己堂をたずねました : さい&ケトル

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旅のあしあと 如己堂

平和公園より歩いて5分ほど

畳わずか2枚分の小さなお家に出会います。如己堂といって、永井隆博士が生前住んでいたお家です。

永井博士は医者としてレントゲン撮影の毎日を過ごしていたために白血病になり、昭和21年にとうとう寝たきりになりました。それでも「指はまだ動く」ということで、仰向けの不自由な姿勢でありながら文筆活動を亡くなるまで続けました。

この如己堂、毎日たくさんの修学旅行生が立ち寄ったり、あるいは観光バスが車窓から眺めたりといった光景が見受けられます。

なぜ畳2枚のおうちでしょう??

本を通して原爆の恐ろしさや世界の平和を訴え、印税は惜しげもなく長崎市復興のために寄付。
町の人たちが「自分たちが助けてあげなければならない病人に助けてもらっている。何とかできないものか」と言う声が上がり、それまでほったて小屋のような家で仮住まいをおくっておられた博士に家を建ててあげることにした。
しかし永井博士「すでに死ぬとわかっている病人に、たとえ千畳敷の御殿をいただいても何の役にもたちません。自分の寝る分と子供の寝る分の2枚の畳が敷ければ充分」とのことに、わずか1日で出来上がったということです。
如己堂とは「己の如く人を愛せよ」と言ったキリストの言葉からとって永井博士自身が命名したのです。